アイシェードと呼ばれる目隠しをつけた選手たちが、音だけを頼りに激しい攻防を繰り広げる、それがゴールボールです。
静寂の中で鈴入りのボールが転がる音、選手たちの息遣い、床を蹴る音。視覚を遮断された状態で研ぎ澄まされた感覚が生み出す緊張感は、他のスポーツでは味わえない独特の魅力があります。今回は、「静寂の格闘技」とも呼ばれるゴールボールとは何か、基本ルールや観戦の楽しみ方、その歴史まで詳しくご紹介します。
この記事の目次
ゴールボールとは?基本を知ろう
ゴールボールは視覚障がい者のために考案されたパラスポーツですが、誰もが平等に競技できる工夫が随所に施されています。
戦争のリハビリから生まれたスポーツ
ゴールボールとは1946年、第二次世界大戦で視覚に障がいを負った傷痍軍人のリハビリテーションプログラムとしてドイツで誕生しました。当初はリハビリ目的でしたが、その競技性の高さから徐々に世界中に広まっていきます。現在では世界五大陸で競技され、パラリンピックの正式種目として高い人気を誇っています。
日本では1982年に初めて紹介され、1995年に日本ゴールボール協会が設立されました。女子日本代表は2004年アテネパラリンピックで銅メダルを獲得し、2012年ロンドンパラリンピックでは金メダルに輝くなど、世界トップレベルの実力を持っています。
ちなみに、パラスポーツには他にもボッチャという人気競技があります。パラリンピック正式競技として注目され、障がいの有無に関わらず誰でも楽しめるスポーツです。シンプルなルールながら高度な戦略性を持つ競技で、白いターゲットボールに向かって赤と青のボールを投げて距離を競います。ゴールボールと同じく、戦略性と集中力が勝敗を分ける奥深い競技として人気を集めています。
視覚を完全に遮断して競技する理由
ゴールボールの最大の特徴は、全選手がアイシェードという目隠しを着用することです。全盲の選手も弱視の選手も、完全に同じ条件で競技できるよう、視覚を完全に遮断します。審判は試合中も常にアイシェードのずれをチェックし、公平性を徹底しています。
この仕組みにより、晴眼者も一緒にプレイできるのがゴールボールの魅力です。実際に国内大会では障がいの有無を問わず、多くのチームが参加しています。
ゴールボールのルール
ゴールボールは3対3で行われるチームスポーツです。ここでは基本的なルールをご紹介します。
コートと競技時間について
コートの大きさは18メートル×9メートルで、6人制バレーボールと同じ広さです。両端には幅9メートル、高さ1.3メートルのゴールが設置されています。サッカーゴールに似た形状ですが、幅が広く高さは低いのが特徴です。
試合時間は前半12分、後半12分の計24分で、ハーフタイムは3分間。各チームは前後半合わせて4回まで45秒間のタイムアウトを取ることができます。同点の場合は前半3分・後半3分の延長戦を行い、それでも決着がつかなければ1対1のエクストラスローで勝敗を決めます。
使用する道具の特徴
ボールは直径24センチ(バスケットボールくらい)ですが、重さは約1.25キロとバスケットボールの約2倍あります。中に小さな鈴が2つ入っており、転がすと音が鳴る仕組みです。硬めのゴム製で空気は入っておらず、バウンドしにくくなっています。
コートのライン上には幅5センチのテープが貼られ、その下に直径3ミリの紐が通されています。選手はこの紐の凹凸に触れることで、自分の位置を把握するのです。
攻撃と守備の基本
攻撃側は自陣のチームエリアとコート中央のニュートラルエリアの両方にボールを接地させて投球します。熟練した選手が投げるボールは時速60〜70キロにもなり、その速球を音だけで捉えなければなりません。
守備側は3人で横一列に並び、全身を使ってゴールを守ります。ボールの鈴の音、振動、相手の息遣いや足音などを頼りにボールの動きを予測します。ボールをはじくのではなく、しっかり止めて素早く投げ返すことが攻撃への転換のポイントです。
1.25キロの重いボールを受け止め、立ち上がって投げるという動作を繰り返すため、選手には高い体力と集中力が求められます。
知っておきたいペナルティルール
ゴールボールではペナルティが試合展開に大きく影響します。
ペナルティについて
ペナルティにはパーソナルペナルティとチームペナルティの2種類があります。パーソナルペナルティの場合は違反した選手が、チームペナルティの場合は相手チームが選んだ選手が、一人でペナルティスローの守備につかなければなりません。幅9メートルのゴールを一人で守るのは非常に困難で、得点される確率が高くなります。
主なペナルティ
ハイボールは、投球時にチームエリアとニュートラルエリアの境目でワンバウンドせずに越えた場合の違反です。ロングボールは2回目のバウンドがニュートラルエリアに触れずに相手エリアに入った場合、ショートボールは投球が相手エリアに届かなかった場合に科せられます。
イリーガルディフェンスは守備側がニュートラルエリアに出てボールを取った場合、テンセカンドはボールに触れてから10秒以内に返球しなかった場合の違反です。また、試合中にアイシェードに触れたり、インプレー中にベンチから指示を出したりするとペナルティになります。
ゴールボール観戦の楽しみ方
ゴールボールならではの観戦マナーと見どころをお伝えします。
観客も参加する「静寂のマナー」
ゴールボール観戦で最も大切なのが静寂を守ることです。審判が「Quiet please!」とコールしたら、観客は声や音を出さずに見守ります。ゴールが決まっても、得点を知らせる2回のホイッスルが鳴るまでは我慢しましょう。
ホイッスルの後やタイムアウト、ハーフタイムなどゲームが止まっている時間は、大きな声援を送ることができます。この独特の観戦スタイルも、ゴールボールの魅力の一つです。
音の駆け引きに注目
静寂の中で行われる音の駆け引きは、ゴールボール最大の見どころです。攻撃側は床をたたいたり声を出したりしてボールの位置を錯乱させることもあれば、逆に音を立てずにパスをすることもあります。守備側はわずかな音の変化から相手の意図を読み取り、瞬時に反応しなければなりません。
タイムアウト後のプレイにも注目です。プレイ中は音を出せない監督やコーチが、タイムアウトで選手の目となり相手の情報や戦術を伝えます。タイムアウト直後は試合が大きく動くことが多く、チーム全体の協力プレイが見られる貴重な瞬間です。
ゴールボールの魅力とは
ゴールボールには、他のスポーツにはない独特の魅力が詰まっています。
選手たちは視覚を遮断された状態で、音だけを頼りに時速60キロを超えるボールに反応します。まるで見えているかのように正確にボールを捉え、相手の動きを予測する様子は圧巻です。人間の持つ無限の可能性を感じさせてくれます。
また、ゴールボールは単なる身体能力だけでなく、聴覚を最大限に活用した知的なスポーツでもあります。綿密に練られた戦略、チーム内での高度な連携、心理的な駆け引き。これらが組み合わさって生まれる奥深さが、多くの人を魅了しています。
選手たちのひたむきな姿勢、それを支えるコーチやスタッフ、ボランティアの方々の想いも、ゴールボールの大きな魅力です。パラリンピックなどの国際舞台で活躍する選手たちは、多くの人に感動と希望を与え、障がい者スポーツの可能性を広げています。
最後に
ゴールボールに興味を持ったら、まずは実際の試合を観戦してみましょう。パラリンピックや国内大会など、様々な機会があります。会場では、ボールの音や選手の息遣い、ゴールが決まった時の爆発的な歓声など、独特の臨場感を体験できます。
静寂の中で繰り広げられる激しい攻防、研ぎ澄まされた感覚が生み出す驚異のプレー。ゴールボールは、視覚以外の感覚の可能性を教えてくれる素晴らしいスポーツです。この魅力的な音の世界を、ぜひ一度体験してみてください。