ギリシャ出身の小説家である小泉八雲(本名:パトリック・ラフカディオ・ハーン)氏。明治時代に来日したことをきっかけに、日本各地に伝わる怪談話に興味を持つようになりました。以降、日本古来の幽霊の逸話や伝説を独自の解釈で翻訳して海外に広め、その活動は時代を超えて高く評価されています。国内外のオカルト小説家に多大な影響を与えている小泉八雲氏ですが彼の子孫は現在どうしているのでしょうか。有名人の有無や玄孫の人数も合わせて解説します。
小泉八雲の子孫の現在は?
判明している小泉八雲氏の子孫は2026年10月時点(現在)22人です。小泉八雲氏は25歳頃から27歳頃までアメリカ在住の一般女性マティフォリーさんと結婚していた間、子宝に恵まれませんでした。しかし41歳の時に18歳ほど年下の日本人女性・小泉セツさんと結婚した後、3男1女を授かっています。現時点で子どもと孫は既に他界しており、曾孫と玄孫のみが健在です
小泉八雲の子孫のなかに有名人はいる?
小泉八雲氏の子孫は明治時代から現在に至るまで多種多様な分野で活躍しています。ここからは子孫の中でもとくに有名な人たちにスポットライトを当てて、小泉八雲氏との続柄や経歴を確認していきましょう。
長男・小泉一雄
小泉一雄さんは1893年に小泉八雲氏の長男として旧・熊本市西坪井堀端町(現・熊本市中央区坪井)に誕生。小泉八雲氏のミドルネームである「ラフカディオ」になぞらえて、レオポルド・カジオ・ハーンという英語名がつけられました。そんな小泉一雄さんに対して小泉八雲氏は自ら勉強を教え、時に厳しく時に愛情を持って接するのが日常でした。世界的に有名な文学者の姿を家庭で見せる場面はなかったようです。
親子で小泉八雲の人となりを伝える
1904年に小泉八雲氏が永眠した後、小泉一雄さんは資質を引き継いだのでしょう。事務職や教職員の仕事を経て最終的に執筆業に落ち着き、小泉八雲氏に関する書籍を出版。執筆業に取り組む一方、残された資料の整理と対外的な交流にも力を注いでいました。また小泉一雄さんの長男・小泉時さんは在日米軍司令部報道部での勤務を退職した後にエッセイストに転向。父と同じく小泉八雲氏の家庭人としての姿を後世に伝えています。
曾孫・小泉凡
小泉凡さんは1961年に小泉時さんの長男として東京都世田谷区に誕生。地元にあったカトリック系スクール・聖ドミニコ学園小学校を卒業した後、中学から大学院まで成城学園に通う生粋の都会っ子でした。転機が訪れたのは成城大学で民俗学を研究していた時。古くから八百万の神が集まる地といわれている島根県出雲市を頻繁に訪れるようになり、独特の風土と文化に魅了されていきました。
小泉八雲と同じ道へ
(出典元:山陰ケーブルビジョン株式会社)
成城大学の大学院卒業後は島根県松江市に赴任。公立高校の講師や学芸員などの仕事を経て、島根県立大学短期大学部の教授になりました。教育者として活動する傍ら、小泉八雲氏に関連する行事に精力的に参加しています。また小泉八雲氏が日本の怪談話を探究したように、小泉凡さんはインド・ヨーロッパ語族が語り継いできた伝説や文化の研究にも熱心です。
次男・稲垣厳
『ばけばけ』八雲とセツの次男・巌の生涯、絶大な女性人気を誇った白皙の美男子、当時は珍しい学生結婚、英語教師に《鷹橋 忍》
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朝ドラ『ばけばけ』ゆかりの人々(14)
📎稲垣家を継ぐ
📎恐れを知らない明るい少年
📎学生結婚
📎青い目の英語教師…— JBpress – ニュースの真相と深層がわかる – 世界情勢・政治・経済・ビジネス (@JBpress) March 26, 2026
稲垣厳さんは1897年に小泉八雲氏の次男として旧・東京市牛込区市谷富久町(現・東京都新宿区富久町)に誕生。幼い頃は3兄弟の中で最も成績が良く、何事にも積極的でした。そんな稲垣厳さんは母の親戚である稲垣家を継ぐために4歳の時に養子になりました。30歳の時に京都大学を卒業した後は公立中学校へ英語教師として赴任。ユーモアをまじえた熱心な授業は生徒の間で大好評でした。もともとスポーツ好きで、背の高いハンサムな青年だったため女性にモテモテだったらしいです。
三男・小泉清
(出典元:松江市公式チャンネル)
小泉清さんは1899年に小泉八雲氏の三男として旧・東京市牛込区市谷富久町(現・東京都新宿区富久町)に誕生。近所に住んでいた人からゴッホの画集を借りて愛読するなど、幼い頃から絵画に興味津々でした。早稲田中学校に在籍していた時に小泉八雲氏の教え子である会津八一さんによって芸術に才能を見いだされた後、東京芸大の前身となった東京美術学校に進学。ようやく絵画を専門的に学ぶ機会が得られたものの、呼吸器疾患を発症して中退しました。
レッテルに苦悩しながら画家に
\コレクション展・新展示!/
今話題の小泉八雲とその妻で松江出身のセツ。
彼らの間に三男として生まれた画家・小泉清の特集展示を開催!
多彩な技法で展開された作品や関連資料などを通して、その人となりを紹介します。会期:10月1日(水)〜2026年4月13日(月)
※1月13日に一部展示替え予定 pic.twitter.com/S2rXvsJR28— 【公式】島根県立美術館 (@shimanekenbi) October 1, 2025
中退後も絵画を続ける一方で、「八雲の子」「東洋と西洋のハーフ」という世間のレッテルに苦しめられていました。小泉清という1人の人間が存在していることを証明するために、唯一無二の表現スタイルを追求していたのかもしれません。46歳の時に念願の画壇デビューを果たした際には、絵の具を厚塗りした妖怪的な表現法と、謎めいた画風が大きな話題になりました。それでも画家として活躍した大叔父・リチャードさんや小泉八雲氏から画才を受け継いだとは認めたくなかったのでしょう。生前、滅多に父のことを口にしていませんでした。
小泉八雲の玄孫は何人いる?
現在、判明している小泉八雲氏の玄孫は2人です。1人は小泉一雄さんを曾祖父に持つ小泉想さん。SNSなどで情報を積極的に発信せず、一般人として静かに生活しているために詳細が不明です。年齢や職業はもちろんのこと性別すら明かされていません。小泉八雲氏の玄孫として注目されることを望んでいないのではないでしょうか。
アイルランド在住の玄孫
(出典元:あゆこのアイルランド田舎暮らし 〜 Lafcadio’s Irish legacy 〜)
もう1人は稲垣厳さんを曾祖父に持つ守谷天由子さん。彼女は28歳の時に祖母の家で自身のルーツを知りました。その時、小泉八雲氏と同様に世界各地を巡っていたためシンパシーを感じたそうです。そして小泉八雲氏がたどった足跡に興味を持ちアイルランド南東部を訪れたところ、日本庭園で働く現地の男性・キースさんと恋に落ちて結婚。2016年頃からアイルランドの海辺の街で暮らし、2人の子どもを授かっています。
まとめ
小泉八雲氏は世界的に有名な文学者であると同時に、家族と過ごす時間を大切にしていた慈悲深い人物でした。そのため家族によって数々の逸話が残され、語り継がれています。2025年度の下半期には小泉八雲氏とその妻・小泉セツさんをモデルにした連続テレビ小説「ばけばけ」が放送されて話題沸騰。「ばけばけ」で描かれた夫婦の物語に感動し、ゆかりの地を巡礼した人もいるかもしれませんね。














